IE9ピン留め
投稿「旧満州地域の都市公園に関する研究」
 9月に延辺大学に出した論文「旧満州地域の都市公園に関する研究」の査読意見が戻った。「日本語の間違い三か所以上。修正してから刊行する予定。」また日本語の間違いを指摘された、汗…

 年末の仕事がまた一つ増えた。21日の広島調査は余儀なく27日に変更した。年末までにはこの論文の修正と翻訳論文二つ。なんだか気が重くなってきた。


 今日は住んでいる団地の年末大掃除の日。すっかり忘れました。マンションの下でみんなが騒いでいるのを聞いてようやく思い出した。新米団地住民としてはちょっと恥ずかしかった。飛び入りで廊下を掃除し、ゴミ捨てなどをした。この機会で普段めったに会わない隣人たちと顔合わせするのが大掃除の一番の機能かもしれません。

 もう年末なのか。
# by shanzhongyin | 2011-12-18 19:21 | China | Trackback | Comments(0)
共著の本
都市歴史博覧: 都市文化のなりたち・しくみ・たのしみ

こんな幸せなこと、本当にありますね。

 恩師から共著『都市歴史博覧: 都市文化のなりたち・しくみ・たのしみ 』をいただいた時に、涙出そうになった。

 私にとって人生初の本、しかもこんなに立派に出来上がって、本当に感謝の気持でいっぱいです。

 本当に怖くて自分の書いた部分を見れません。また間違いを見つかればどうしよう。他の人にどう思われるでしょうね。
 
 怖い気持をさておき、本当にりっぱな本です。触るだけで心が癒されるのはなぜでしょう。今までなかった気持です。やはり本と論文は違いますね。

 さあ、がんばって、自分の本も出しましょうと。
# by shanzhongyin | 2011-12-15 23:04 | 開巻有益 | Trackback | Comments(0)
京都検定を受けました。
5月からなにも書いていないのが気づき、自分もびっくりしました。今振り返ってみると本当に刺激の多い半年でした。

日本国内では初めて九州のいくつか都市と庭園を回って、一味違う庭園文化に驚きました。海外調査と発表で二回中国の東北へ行って、10月念願の台湾学会でもデビューを果たしました。

昨日、第八回京都・観光文化試験2級を受けました。自分の京都生活の紀念として、私の来日とほぼ同じ時期に開始したこの試験を選びました。とはいっても、申し込んでからずっと出張の嵐で、復習する時間はほとんどなかった。

試験を受けるのが何年ぶりかしら?昨日の試験場で「スタート」という試験官の合図を聞くと、なんだか笑いたくなりました。何年間の京都遊学とここ一週間のテキスト勉強で、どれぐらい答えられるのかが楽しみです。

京都って本当に奥深くていいところですね。試験をうけて改めてそう思った。20歳の前半からずっとここに住んでいる私って、本当に幸せ者だなとつくづく感じました。
# by shanzhongyin | 2011-12-12 14:29 | daily life | Trackback | Comments(0)
文章を頻繁に書かない人にも役立つ「物書き10の原則」(転載)
「ホワイト・ティース」、「直筆商の哀しみ」などの作品で知られる英国作家のゼイディー・スミスさんが、昨年英ニュースサイト「guardian」に、自らの作家としてのルールを掲載した。その内容は大変機敏に富んだものであり、作家・ライターだけでなく、すべての職業に当てはまる素晴らしいものだ。

この原則は昨年2月、同サイトが英国中の作家を集めて、それぞれの物書きとしての原則を掲載したものである。いずれの作家の原則も素晴らしいのだが、取り分けゼイディーさんのものは、人生のあらゆる場面に置き換えることができるルールなのだ。
 
【ゼイディー・スミスさんの、物書き10の原則】
 
1. 子どものときには、たくさん本を読むと良い。ほかのことをやる以上に、読書に時間を割く。

2. 大人になったなら、自分が他人になったつもりで、自らの書いたものを読み返す。自分の宿敵になったつもりで読むとなお良い。

3. 自らの職業をロマンチックなものと捉えてはいけない。良い文章を書こうが書くまいが、作家・ライターに相応しいスタイルというものは存在しない。重要なのは、あなたが何を書き残すかだけだ。

4. 自らが苦手とするものから、距離を置いた方がいい。だからと言って、自分ができないことを、する必要がないことと思うべきではない。自信がないことを、軽蔑的な態度で覆い隠してはいけない。

5. 物を書くことと、それを見直し編集する時間を適切にとる。

6. 排他的な派閥や集団、組織からは距離を置くべきだ。群集があなたの文章を良くすることは決してない。

7. インターネットが切断されたパソコンで仕事をする。

8. 文章を書くための時間と空間を作る。書くとなれば、大切な人さえ遠ざけるべきだ。

9. 実績と名声を混同しない。

10. 手元のベールを通して真実を語れ、それしかない。決して満たされないことから来る悲しみを、生涯受け入れよ。
 
物書きのルールではあるものの、言葉を置き換えれば、他の職業や立場の人にもあてはまるだろう。これを参考に、普段の仕事に役立てて頂きたい。

参照元:guardian.co.uk(英文)
# by shanzhongyin | 2011-05-22 15:51 | 開巻有益 | Trackback | Comments(0)
民博セミナー「青年ウメサオタダオの学問形成」
 京都から阪急、モノレールに揺られて1時間、また太陽の塔のある民博にやってきました。

 梅棹先生の展覧会を見るのはこれで三回目になる。今日は主に関連セミナーを傍聴するためにきました。

 セミナーは申し込み不用、無料ということで、さっそく入ろうと思ったところ、受付の所で皆がハンコを押されることに気づいてみたら、会員書みないなものにセミナーの回数を押されている。初めてなので新しい会員書をいただきました。これをもって毎月の第三の土曜日(セミナーの開催日)に万博公園に無料で入ることができるらしい。


 
 映画館みたいな大きな講堂に入って、非常に着心地のいい席に座りました。聴衆は本当に多い。開園前になんと受賞式があった。なんだと思ったら、さきもらった会員書の回数で10の倍数で、最上位4位に記念証書を授与する儀式であった。壇上で名前を呼ばれ、そしてセミナーにきた回数を呼び上げた。最上位は200回もいらしゃったおじいさんでした。月一回のセミナーから換算すれば、20年ちかく通いましたね。えらい!
 
 毎月展示会をご覧になり、関連する報告を傍聴でき、知的刺激をうけながら、奨励書までももらえるなんてうれしいことですね。通りでこんなに人気のあるセミナーだなと思いました。

 日文研も似たような市民向けのセミナーが毎月やっていますけど、常連客も多いが、このようなシステムを導入されたら皆が喜ぶかもしれませんね。

 講演は桜美林大学の中生勝美先生が行い、梅棹先生が中国の内モンゴルで西北研究所での研究調査でした。インタビューされる時の梅棹先生の目が本当に若々しく輝いていた。自分の若いごろの体験を思い出したなのかもしれません。

 知り合いの中国人先生も西北研究所の調査をしているので、それに関する話をよく聞いています。一外国人があんな危険な国際情勢の下、精力的に学問を行うのは並普通の努力ではありません。 先生は最初にモンゴル行って動物学の調査する予定だったが、一人民族学担当のメンバーがいけなくなったせいで、急遽その分の仕事を振られた。この出来事は梅棹先生が民族学、人類学を研究し始めたきっかけになったそうです。人生って本当に計り知れないものですね。
 
 西北研究所の建物の写真も何枚か見せてくださった。私もその所在地の張家口に今年の夏に行く予定でしたが、4月にそれらの建物を全部取り壊して新しい町を造るという話を聞きました。もう永遠に見られなくなったのかもしれないと思って、残念でなりません。
 

 

 土曜日の万博公園は本当に陽気で家族連れが多いです。道端に大道芸を披露する若い芸人さんもいた。
# by shanzhongyin | 2011-05-21 20:18 | daily life | Trackback | Comments(0)
カラー写真が記録した100年前の北京(転載)
 


http://japanese.china.org.cn/culture/2011-04/01/content_22276363.htm


フランスのカメラマンは1912年、当時世界で最も先進的な撮影器材を持ち、北京で100枚近くのカラー写真と白黒写真を撮影した。これらの作品は最も早期に撮られた北京のカラー写真で、収蔵価値と美的価値は極めて高いとされている。



「中国網日本語版(チャイナネット)」2011年4月1日より



# by shanzhongyin | 2011-04-09 16:29 | China | Trackback | Comments(0)
徳川社会と日本の近代化
「徳川社会と日本の近代化ー17~19世紀における日本の文化状況と国際環境」という研究会を傍聴しに行きました。

 この研究会は、徳川社会の成熟に伴って、多くの分野で西洋近代化とどのようにつながっていくかという問題設定で、非常に魅力に感じました。徳川社会自身の成熟度にしたがって、日本は「近代化」する基盤がすでにできていたとの前提があろうと思います。

「近代化」というやっかいな概念に挑戦するのは勇気のいる仕事だと感服していますが、はたして「近代化」というキーワードで徳川社会のあらゆる分野を包括的に論証できるかどうかは疑問です。

 確かに、西洋文明は新しい文化的動向をもたらしていました。特に近代的思考様式、社会的システム、市民社会の形成、科学技術の形成の面では明白です。しかし、民衆の生活風土に密接する芸術や生活文化に関しては、はたして「近代化」は実現したのでしょうか。「近代化」に対する反省も日本人だけでなく、「近代化」のモデルになった西洋人の間においても行っているのは現実です。

 「日本の近代化」と徳川社会の関係を議論する前に、この「近代化」の概念をさらに分野を分けて、細かく分析しなければならないし、「近代化」の反省も絶えず行わなければならないのは率直な感想です。むずかしい挑戦ですね。
# by shanzhongyin | 2011-04-09 16:17 | daily life | Trackback | Comments(0)
ウメサオタダオ展―知的先覚者の軌跡
今日、大阪の民博へ行って、ウメサオタダオ展を見てきました。



展示室の真ん中に先生「知識生産の現場」である大きな机が置いていた。何も飾り気がない机ですが、周りに展示してある22巻の著作を見ているうちに、その机から大きな力を発散しているように感じてきた。

 カード、こざね(メモの連なり)、直筆原稿、スケッチ、調査ノートを多く展示してくれました。あんなに大先生であっても、いや、大先生であるこそ、資料の整理を驚くほどまめにしていますね。
 スケッチには研究用のものはある一方、生活感溢れるユーモアたっぷりのものも出てきました。本当に生活を愛している人でこそいい研究ができることを実感しました。なによりも、いつも時代の先端に立って研究なさった姿勢に大きく感動しました。

 今年度の締めくくりで、梅棹先生のご仕事を拝見できたのは本当に幸せです。目標を定めてがんばりましょう!

 春の万博公園、本当に気持いいところです。

 


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# by shanzhongyin | 2011-03-31 22:17 | daily life | Trackback | Comments(0)
『文久年間日本、言語・文化交流の総合的研究』研究会

周末参加了大手前大学上垣外先生的科研费研究会。围绕文久年间的东亚交流问题。

1861-1863短短的三个年头,在日本史上也是被人遗忘了的年代。但正是在这个时期,日本政府派遣了海军留学生16人前往荷兰,他们归国后担任了日本海军的要职,成为日清海战中的中坚。并购买了当时世界最大级别的军舰。奠定日本近代海军的基础。貹海州等人更是其中的关键人物。这个时期通过对万国博览会的参与,翻译西洋书籍,使日本渐渐开始将近代化提上日程。成为后来明治维新的雏形。

而中国却正值第二次鸦片战争的漩涡中,虽有一批有识之士聚集在上海,香港等地开始积极地吸收西洋文化,但是中国整体仍然处于固步自封的状态。而那些率先对西洋知识产生兴趣并予以研究的人却恰恰是游离于中国的正统-科举制度之外的人,也就是那些落第之人。这不得不说是中国的悲哀。


而我所关心的是那个年代的近代风景诞生的问题。由于向万博的出品,当时的西方重新掀起一股中国热。当时的西方,还搞不清楚中国和日本的区别,而全部归为神秘的中国,当然也有オールコック这种精通中国和日本的人除外。19世纪后半期他们利用通商的机会大量来到东方,看到那里的风景并给于高度的赞扬。这与之前的西方人的游记有很大的不同。正是他们的赞扬激发了日本人的民族自尊心,他们开始重新认识自己身边已然熟识的景观,对它们进行了重新的评价。可以说是带来了风景观历史上的一次革命。它将之前的那种物语化了的传统景观转而融入近代的风景评价体系。


最近看到的一本西川正县先生的《濑户内海的发现》也正启发了我这一点。对于西方的传教士的研究是否可以从这个层面予以切入呢。


晚上和北大的学者夫妇畅饮。快哉。

# by shanzhongyin | 2011-01-25 17:19 | daily life | Trackback | Comments(0)
仕事はじめの会
 今日は仕事はじめの会に参加した。

 さすが新年早々の会で、大勢が一堂にそろってます。梅原猛先生も元気な姿で挨拶をしてくださって本当にありがたい。86歳でも本を読み、物事を考え、文章を書き、思考に楽しんでいるとおしゃって、感動的でした。

 皆で新年の抱負を言い合ったり、いろんな情報をもらったりして、暖かなひと時を過ごしました。
 
 正直言って、昔からこのような会に参加するのが抵抗感があった。普段あんまりしゃべらない人と話を交わすのが勇気がいるように思うし、こういう形式的な会合の意味を疑った時期さえあった。

 でも、普段会えないからこのような会で交流する必要があるのではないかな、お互いに仲間意識を確認するのは日本で生活する上で必要不可欠だなぁと思うようになった。

 意味があるかどうかは完全に本人次第ですね。考え方一つで、がんばる勇気を得られる機会にもなるし、完全の暇つぶし会にもなる。

 
 それはさておき、一年の節目で、自分に締め切りを作ってがんばりましょう。
# by shanzhongyin | 2011-01-06 20:35 | daily life | Trackback | Comments(0)
あけおめ、ことよろ
紅白を聞きながら、餃子を食べる中で、2011年がやってきました。

去年は学振の研究員一年目で、北京、南京、東北、いっぱい調査に出かけ、にぎやかに過ごしました。

今年は出版、翻訳、論文と、テンポアップして研究成果を出していくつもりです。

皆様の相変わらずご鞭撻をいただいてがんばっていこうと思います。

# by shanzhongyin | 2011-01-01 11:40 | daily life | Trackback | Comments(0)
八時前に登校しようか
今朝、めずらしく6時前に目が覚めた。
しかたなく、出かける準備をした。

いつもと違う町の風景に驚く。自転車を押している学生さんがいつもさびしい山道をにぎわっている!

全部中学生だと思ったら、研究所の近くに来たら、小学生もいっぱいいました!

みんな早いのだ。

研究所に入ったら、予想通りに最初の入所者になったが、予想通りの感動はなかった。

いつから”大人”の生活習慣に身に纏ったのか。果たしてこれは健康なのだろうか。効率的なのだろうか。

と考えながら、一日の作業が始まる。
# by shanzhongyin | 2010-11-09 08:30 | daily life | Trackback | Comments(0)
承徳避暑山荘について発表
南京シンポのあと、中国の東北の公園を踏査しに行って、戻ってくるのは何日前でした。
今日,共同研究会で発表した。テーマは避暑山荘ー清朝離宮をめぐってである。
私にとってはまったくの新しい領域のことですので、最初は本当に戸惑ったけど、なんとか終わらせました。
調べているうち、いろいろ新鮮な発見がありまして、自分にとっては非常に糧になりました。中国の建築史、庭園様式はもちろん、日満文化協会のこととか、満州に赴いた建築家、造園家のこととか。あたらな近代史の領域が広がって見える。

ちょっとよくばったかもしれませんが、ぼろもいろいろ出たと思います。今後の発展につながればと思って思い切って発表した。さすがに近代史の先生方からいろいろ反発も受けまして、これこそ狙い通りの議論になりました。本当にありがたく頂戴します。

今後は避暑山荘のことをさらに詳細に調査して論文にまとめたい。
# by shanzhongyin | 2010-10-25 22:35 | daily life | Trackback | Comments(0)
明日、また出発
 一昨日夜中の12時に南京から京都に戻った。
 明日の朝5時、もう一度中国に向けて出発するのだ。今度は東北の公園調査。
 
 22−27日、南京大学で「東アジアにおける知的体系の再構築:日本と中国の視座」に参加した。まず感じたのは南京大の濃厚な学術雰囲気。中国側の先生(特に若い世代)はしっかりした理論構築と史料研鑽による発表が多かった。学術レベルでは世界一流の先生と比肩できるじゃないかと感心した。
 同世代の先生方と何日もわたって歓談。いろんな面で刺激を受けた。
 主宰者の一人、陳蘊茜先生から大作を拝受。暖かく励ましてくれて本当にありがとう!先生の上海の公園のように、私は東北の公園を調べてみようと決心した。
 策彦周良について発表なさった範金民先生と交流し、今年11月に京都にいらっしゃる際に、一緒に策彦周良の作庭を見に行く約束をした。
 いくつかのアイディアを文章にまとめようとわくわくして、帰ってきた。

 南京と揚州の庭、いくつか拝見した。中国の歴史遺産に対する保全と利用にまだまだ大きな課題が残っていることを痛感した。

 まだ南京の興奮が収まらず、明日また中国へ向けて出発。今度はどんな感動が私を待っているのかな。
 
 
 
 
# by shanzhongyin | 2010-09-29 22:26 | daily life | Trackback | Comments(0)
策彦周良、天龍寺船
 南京シンポの準備はいよいよ最終段階に入っている。

 昨日の夜にようやく中国側の原稿が届いた。が、日本語訳のチェックの依頼も同時に来た。しかも締め切りは今日の午後4時。明日印刷にまわすらしい。
 最初に簡単な作業だと思ったが、もし中国の原文を読まずに、翻訳文だけを見るなら、半分は理解不可能だと思う。
 なんとかやり終えたのは午後3時58分だった。お疲れと自分に言い聞かす。
 
 意外な収穫もあった。

 翻訳論文に策彦周良に関するものがあった。
二度に渡る遣明船往来の詳細を『策彦入明記』として克明に記録しており、末期の日明貿易を知る上での貴重な史料となっている。
論文はこの資料に対する検討である。

 私の知っている策彦周良は天龍寺の宝厳院の設計者であって、彼の造園しか知らなかった。彼は中国の南方に長く滞在し、地方の文人や上流階層の家に頻りに訪問し、庭園を観賞して記録したのは始めて知った。

 宝厳院の設計と彼の渡明の経歴となにか関連があるのではないかと思った。これから原文を読んで考える。

 さらに、彼の所在する天龍寺造営の費用を捻出するために、1341年室町幕府は商船二隻を中国に送る方針を決定した。両国の外交関係、商
# by shanzhongyin | 2010-09-18 16:39 | 開巻有益 | Trackback | Comments(0)
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